2014年01月24日

続 お豆の選別

残りのお豆をお寺のコタツで選別していると、母から電話「このあいだ持って帰った大豆の選別がおわったんだけど、まだある?」と、残った大豆を一部持って行ってくれたのだ。

「爺ちゃんが仕事ができて、いきいきしているので、もっと持っていってあげる。」と。

ぼくの祖父は83歳。6年くらい前に食道ガンをやってから、あちこち痛くなったりして、続けてた自営のダンボール工場の仕事もできなくなり、釣り好きで福井や伊豆などに車でぱっと遊びに行ってしまうのもできなくなり、だけど、さすが戦中戦後を生きて工場もつくり生き抜いてきた人は強い。実家ではいろいろ苦労があるだろうけど、自分でやれることはやろうと頑張っている。息子たちはひ孫にあたるので、いつもとっても優しくしてくれる。

でも、さすがにバリバリ仕事してた人が動けなくなると、ぽーっとしがちらしい。

大豆の選別は根気がいる作業。仕事ができたと喜んでいるらしい。こちらもとっても助かる。ありがたい。

産まれてから死ぬまで、みんな役割がある。そんな生きかたをみんなができるようになるといいな。

ぼくもそうやって、生きて死にたい。
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2014年01月01日

新年明けましておめでとうございます! 〜25年の振り返り、年越し、正月〜

25年から26年への年末年始、旭に移住してからはじめて、旭で年越しをしました。大晦日まで片付けなどなどがしっかり残っていたので(笑)大忙しでしたが、夜は隣のじじばばによんでもらって、夕食を一緒に食べて、飲んで、紅白をみて。いい年越しができました。

元旦は、旭高原で初日の出を拝みに〜
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だけど曇りでした。来年を楽しみにしています。

豆がらで雑煮を炊いて。元旦の朝の雑煮は「まめに一年過ごせますように」と豆がらで炊くそうです。
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そして、集落の氏神様に年頭参拝。
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午後は実家へ。いい正月になりそうです。

昨年はやっと暮らしのペースがつかみはじめてきた年でした。集落のお祭りやお役、もう少し広めの旭や豊田でのお役や務め仕事、田畑の管理、娘が産まれて家族4人になり、薪ストーブもいれて家も整ってきたし、なんとか稼ぎも仕事も足りてるし。まだまだできていないことも多いし、これからどんどん変わっていくだろうけれども、冬の間もぼちぼちとしながら、春に向けての準備もしていこうという気分ですね。

25年で嬉しかったことを並べてみると、

・瑠里が産まれたこと。
・家族みんなが大病なく平穏に過ごせたこと。子どもたちが地域に愛されて成長していること。
・集落の地蔵祭で、24年のお汁粉に引き続き、甘酒をみんなで食べられたこと。
・集落の大祭で、10年以上ぶりに、お囃子の太鼓を奉納できたこと。
・郷社の大祭で、笛の吹き手がいなくてピンチということで、地域の若い衆で笛練習会をして、笛吹きが大勢で本番は1時間以上もお囃子が続いたこと(笑)
・あさひ若者会ができて、旭の若い衆でいろいろな話ができ、行動できるようになったこと。
・あさひ木の駅の第4回を地域の衆の知恵と汗で乗り切って、第5回をスタートできたこと。
・豊田市消防団操法大会の選手として、みんなで練習を乗り切って本番を迎えられたこと。
・あさひまつりを満喫できたこと。
・鞍ヶ池プレーパークのプレーリーダーを5日間やれたこと。
・耕Lifeの発行部数、ページ数が増え、多くの人に読まれ、愛されていること。
・河合家、立松家、仲神家、法山家のそれぞれの結婚式に参加できたこと。
・耕Lifeやアグロプエルタの協力もえて、まるっこくらぶ仲間が増え、みんなで野良仕事を満喫できたこと。
・福蔵寺ご縁市が例年のようにゆったりほっこりとした雰囲気で開催できたこと。
・「生きるを考える講座」、「名古屋おもてなし武将隊 立三農園」、「もりりんずの旭を満喫体験」、「ワールドキャンパスの山里ホームステイ」、「千葉大学×アールト大学 先人の知恵に基づく生活づくりデザインプログラム」、「e-cot 山里体験企画」などの良縁に恵まれて、山里の魅力を多くの人に体感してもらえたこと。

あげだしたら、キリがなくなってしまいましたが(笑)よいご縁に恵まれて、生かされていることを実感させてもらいながら、暮らすことができることを何より嬉しく思います。

1月は、片付け仕事をしながら、変化していける遊びをいれつつ、今年1年の予定を決めていきます。

今年もよいご縁に恵まれて、素敵な1年になりますよう。

本年もよろしくお願いいたします。
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2013年12月26日

鞍ヶ池プレーパーク

今日は旭からちょっと離れまして、鞍ヶ池公園の一角のプレーパークの話題。

昨年から年に数回だけですが、「おしょう」の名前でプレーリーダーをさせてもらっています。

プレーパークは子どもが主役の遊び場です。鞍ヶ池では、基本第三第四土日に開催されています。

なかなか窮屈な大人社会が、子どもが本来もっている自由に遊ぶ場所や時間、仲間をうばってしまっているかもしれない。自分の子どもも、まわりの子どもたちも、そして、大人も自分の責任で、自由に遊ぶ。そんな機会を提供しているところです。(であってるかな?)

オープン前のプレーパーク この静かな時間も結構好き。
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いつも火のまわりは賑やか。
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なんでも頭だけで考えて、先回りして、禁止事項を増やして、じゃぁつまらないですよね。子どものときも、大人になっても、変化を常としながら豊かに創造していきましょう!

そんな子どもも大人もいっしょに育っていく場かなと思っています。

さらに興味のある方は、とよプレ日記もぜひご覧ください。
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12月10日 東京雑感

自分のFacebook12月10日の投稿より Facebookだと後で見にくいので、記録用にブログにも載せておきます。


昨晩、混雑する前の東京を歩いてみたかったので、夜行バスでいきました。

人生で両手で数えるくらいしか東京にいったことはない。たくさんのオフィスビル、日中は大変なにぎわいなんだろうシャッターのしまったお店、車と人がたくさん行きかうだろう広い道路、よく管理された道路脇の街路樹、これらの建物をつくった人がいる、それを維持管理している人がいる。ただ、すごいなぁと思った。

日中、人がたくさんいると人の多さに圧倒されてしまうけど、早朝はほとんど人がいない分、ただそこにある構造物の大きさと多さに驚く。

山里から日本の最も都会へ。これらをつくり続け、維持し続けることを暗黙の了解の上で、これから社会と関わるということを大学生らは日々無意識にも感じながら過ごしているだろう。

「自分がはたらく」のあとに、「稼ぐ」があって、稼いだお金がこの空間をつくる。それだけでなく、「自分とは関わらないお金」のあとに、「稼ぐ」があって、稼いだお金がこの空間をつくる。

国の経常収支が赤字だというニュースが流れていた。貿易収支は大幅な赤字でも、所得収支は大幅な黒字。差し引いて少し赤字らしい。
「はたらく」でなく、「自分とは関わらないお金」が勝手に「稼いで」、稼いだお金でこの国はまわっていると感じる早朝の東京散歩だった。

山里では、「はたらく」のあとに「なにかをえる」ことができるチャンスがある。
それは、食べ物かもしれない、燃料かもしれない、衣類かもしれない、家かもしれない、道かもしれない、家族かもしれない、友人かもしれない、もちろんお金かもしれない。
この土地はこの道はこの山はこの家は、誰かわからない人がいつの間にかつくって、そして維持しているのでなく、顔なじみの誰かやそのご先祖様がつくって、受け継ぎ、維持管理をしていることを肌で感じて暮らしている。

今日はそんなはたらきかた、暮らしかた、生きかたの話を東京大学の牧野ゼミでしてきました。
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2013年02月25日

ブログとFacebookページ

とだです。

ブログ、FBページ、個人のFBをどう使い分ければいいだろうと、いろんな人の使い方を聞きながら考え中。
オフィシャル、プライベートと分けられる暮らしはしていないからなぁ。
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2012年03月20日

とらさんのこと

あまもりです。

きょうはつくば梅まつりの最終日でした。

きょうのピザ焼き体験で、子どもといっしょにピザを焼くとらさん、の図。

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いつもの職人とらおのきりりとした表情とはまた別の、柔和な顔。とらさんはこどもたちといるとき、とてもいい表情をするなあ、と思っています。
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2012年03月16日

さとみさんのこと

あまもりです。

さとみさんがお手製の「しいたけご飯」を披露する、の図。彼女は最近、料理をするときにかっぽう着を着ているのですが、その姿がまるで幼稚園の先生みたいで、ばっちりと似合っている。

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彼女が作る料理は、お野菜のものが中心。シンプルな味付けだけれどおいしいものが多くて、最近はお砂糖の入らないふきのとう味噌だとか、つくしの炒めものを(もちろん野のものを摘んできて)作ってくれた。台所料理が好きで、気がつくとキッチンで何か作っている。ほんとうにまめだなあと、やや(いやかなりかな…)ずぼらなわたしはいつも感心しています。

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2012年03月11日

3月11日

とだです。

おはようございます。

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大震災から1年。被災されて亡くなられた方、行方不明の方のご冥福をお祈りいたします。

今もなお、被災地、全国で頑張られている方々とともに今日一日を過ごします。

何か成果や区切りをだすことを目的とするような復興という単語だけを聞くと、いつも違和感を覚えます。たしかに短期的なことは必要だけど、何もかもあまりに短期的にしかことを考えない早すぎる世の中に違和感を覚えます。
この時代にうまれ、生き続けていることを自分なりに引き受けて、自分の人生とともにずるずると引きづりながら毎日を過ごしていく、そういうことのような気がしています。

課題は山積みの世の中だけど、地域のひろがり、過去と現在と未来、つながっているあらゆることを認識しながら、大切な日々をつくり続けていきたいです。

今日は消防観閲式。足元の仲間たちとともに、今と未来をつくるために。

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2012年03月01日

はて、何屋なのか?

とだです。

はて、自分たちは何屋なんだろうか。

米や野菜はつくるし、味噌や醤油をつくったり、つくって楽しむワークショップをやったりもする、近所のちびっこたちにはピザの人と呼ばれる、夕食を用意することもある、山にも入るし、草刈りをする、遊びをつくったり、先日は出会いの会もやったっけ、販売もするし、宴会を企画したり、チラシの作成を請け負う、自分たちだけで、地域の人たちといっしょに、地域外の人と協力して、、、

多業で頑張ろうとしているのだねと言われるときもある。専業の反対が多業?

行政マンはいろいろなことをやるけど多業だろうか?米と野菜と養鶏をやって販売も自分でやったら多業かな?

ひとつだけのことをやっているつもりでもある。

自分たちの生活と自分たちの地域を自分たちで工夫をしながら、この地域の担い手となり暮らし、暮らしの価値を発信しようとしているだけかな。

なんでも屋さんを目指しているわけではないけど、旭でやりたいことも、やらないといけないこともたくさんある。自分でできること、誰かにお願いしたほうがいいこと、みんなでできること、もっとたくさんの人といっしょにできることがある。

結果としてなんでも屋かもしれない。

まぁ、地域のちびっこからピザのお兄さん(おじさん?)、お姉さんと呼ばれても、特に悪い気はしないですけどね。

いつもわかりにくくてごめんなさいm(_ _)m


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2012年01月28日

がくちゃん講演会 「遊びが子どもを癒す」〜被災地の遊び場づくりから見えてきた本当に大切なこと〜

とだです。

今日はとよたプレーパークの会主催のプレーリーダーがくちゃんの講演会「遊びが子どもを癒す」〜被災地の遊び場づくりから見えてきた本当に大切なこと〜に参加してきました。

プレーパークとは、

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7年前からお母さんたちが中心にプレーリーダーといっしょに「子どもが子どもらしくいられる場所」、「様々な年代や立場の人の居場所をつくりたい」とはじめた遊び場です。今は、毎月第3,4土日に鞍ヶ池公園で開催されています。

今回は、世話人のお母さんたちががくちゃんから聞いた被災地での状況をもっといろんな人に知ってほしいと講演会を開催してくださいました。

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がくちゃんが気仙沼で遊び場づくりにたずさわったのは4月から、3月11日のあの日に、日常がすべて壊れてしまったあの日にから1ヶ月が過ぎて、子どもたちは避難所や被災した家でその傷を抱えたまま過ごしていました。

大人たちが他人に話すこと、お酒の勢いで愚痴をこぼすこと、言葉で表現することで、自分のそれを癒していく一方で、子どもたちは言葉では表現できない。

避難所、救援物資、配給の食事、与えられるばかりの生活。

がくちゃんたちがつくった遊び場で、子どもも大人も最初に熱中したのが、何かを作ること、料理をすること。震災後はじめてつくった、みんなでつくったお好み焼きを、がくちゃんたちに「どうだ、すごいだろ、食え」と渡してきた子どもたち。

きっと、避難所では、傷がいえないまま、ボランティアの人たちにはお礼を言いなさい、迷惑かけないように、おとなしくするようにと言われ続けて、与えられるばかりで、抑えつけられてばかりいた1ヶ月。自分たちの手で何かをうみだせる喜びに夢中になりながら、自慢気にお好み焼きをくれた子どもたちに、がくちゃんはすごい嬉しさを感じたそうです。

いろいろいるだろうと車いっぱいにつめていった支援物資、到着後、2,3日で世話人のけーちんに「せっかく持っていった支援物資だけど、被災地の人が必要なものはこれじゃない。」と電話して、結局最終的に持って帰ってきたがくちゃん。

今必要なのは、被災地にいる人が「自分の足で前に進んでいくためのお金や支援。」大きな組織に募金するなら、送り先を自分で探して自分で個別にお金を送ってほしいという。お金も顔が見えるかたちがいい。

4月は子どもたちもギスギスした関係、津波で家が流された家族とそうでない家族、極限状態でお互いに気持ちてきに融和できない。兄弟、友人で仲が良すぎる子どもたちがいる。弟がお姉ちゃんと離れるとパニックになる。それほどギリギリのところを生きている。

5月、6月、7月、8月、時が過ぎるにつれて、少しずつ子どもたちの明るい声が戻ってくる。ある子どもの感想「地震のおかげでこんなにおもしろい遊び場ができた。でも地震がおきてよかったと思っているわけでない。不思議な感じ」、避難所でも騒がしくなって「元の悪ガキが戻ってきた、うれしい」という声。

ある日、「また明日ね。」の返事が、「死ぬなよ、今日も絶対死ぬなよ」と笑っていうことに気づいた。今日の続きが明日はないかもしれないと思っている子どもたち、遊びを通して、日常を取り戻してあげたいというがくちゃん。

8月になって、震災から何ヶ月もたってはじまった「津波ごっこ」「地震ごっこ」阪神大震災のときは割りとすぐそんなごっこ遊びがはじまり、避難所で不謹慎だと怒られた遊び。そんなごっこ遊びでさえも、何ヶ月もかからないと出てこない、自分の中で消化できないほどの大きな震災。自分たちの遊び場があったからこそ、遊びの中で表現をし、自分に落とし込んでいく。でも怖がる子どももいる。その子どもを離すこともできる。すべては前に向かって歩んでいくためのプロセス。

9月、10月、11月、12月、寒くなって、日没も早くなって、学校が終わって、30分、1時間しかいられなくなっても人が集まってくる。

4月にお姉ちゃんと離れてパニックになった弟も、外を受け入れ、他の人とも一緒にいられる気持ちになった。
子どもたちだけでなく、大人たちにも広がって、癒しの場になっていく。


いろんなお母さんたちから、子どもの遊び場がないと聞く。まちでも、田舎でも。

外で遊べるところがない、自然がない、お稽古事があってじっくり遊べない、家に帰って集まる場所がない。

それは今にはじまったことでもない。もう数十年もそうやって遊びきれない環境で子どもは育ってきている。

旭でもやっている「セカンドスクール事業」2泊3日で豊田の街中の子どもたちが農家民泊にくる。帰ると、家族や先生がびっくりするほど、かわって帰っていく子どもたち。たった3日間ですら、貴重な体験になるほどの状況。

ありがたいことに、うちの息子は、家族以外に地域のおじいちゃん、おばあちゃん、知人、友人など本当に多くの人に囲まれて育っている。自然もたくさんある、ゆっくりと育てたいと思う。でも、近所に、歩いて遊びにいけるところはないし、子どもは少ない。どちらがいいというわけでないけど、田舎にも課題はある。

遊びにいけない分、ゲームの所有数は田舎のほうが多いと方々で聞く。遊べないからと一人で遊べるように買い与える。それはそれで気持ちはよくわかる。

でも、息子には自然の中で思いっきり遊べる環境は用意したい。

がくちゃんが、遊びには、三間(三つの間)が必要という、「時間、空間、仲間」

「仲間づくり」 子どもたちだけじゃなくて、大人もお年寄りも、今、一番必要としていることじゃないかと常々思う。子どもと大人とお年寄り、それぞれの世代でお互いに学び合うことが多い。

昨年はお米トラストで、子どもがキャーキャーと騒ぎながら泥遊びしている、その横で田植えをしている。なぜか、子どもの遊ぶ声がしているだけで、疲れずに楽しく作業が進む。心地よい疲れ。

子どもだけ、大人だけ、お年寄りだけ、そんな環境が多いような気がする。子どもがいて、青年がいて、お年寄りがいて、みんなが楽しい時間と空間があれば、お互いに学びあいながら、生きていけるのではないだろうか。それは、煩わしいかもしれないけど、心地よくもあるのではないだろうか。

遊びは子どもを癒すと同時に、親も癒す、まわりにいる大人も癒すと感じました。プレーパークは遊び場のしくみだけど、子どもから大人までお互いに学び合う仲間づくりのしくみでもあると思う。

昨年の企画した「福蔵寺ご縁市」や普段の周りの様子をあわせて思い出してみて、仲間づくり、コミュニティづくりって、あぁそういうことなのかなと思う。

まだ、うまく言葉にできない。

息子のためにも、自分の学びのためにも、来月から、とよたプレーパークのプレーリーダーに参加させてもらえることになりました。

子どもたちとうまくやれるかわからないし、自分でどこまでやれるかわからない、参加できても1ヶ月に1回くらいかもしれない。

子どもたちと未来の地域のために、自分ができることを自分ができる範囲で。

旭でもやってみたいな。



とよたプレーパークの会
http://toyotapp.exblog.jp/
posted by ASAHI at 23:42| Comment(0) | 私たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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