2012年01月28日

がくちゃん講演会 「遊びが子どもを癒す」〜被災地の遊び場づくりから見えてきた本当に大切なこと〜

とだです。

今日はとよたプレーパークの会主催のプレーリーダーがくちゃんの講演会「遊びが子どもを癒す」〜被災地の遊び場づくりから見えてきた本当に大切なこと〜に参加してきました。

プレーパークとは、

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7年前からお母さんたちが中心にプレーリーダーといっしょに「子どもが子どもらしくいられる場所」、「様々な年代や立場の人の居場所をつくりたい」とはじめた遊び場です。今は、毎月第3,4土日に鞍ヶ池公園で開催されています。

今回は、世話人のお母さんたちががくちゃんから聞いた被災地での状況をもっといろんな人に知ってほしいと講演会を開催してくださいました。

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がくちゃんが気仙沼で遊び場づくりにたずさわったのは4月から、3月11日のあの日に、日常がすべて壊れてしまったあの日にから1ヶ月が過ぎて、子どもたちは避難所や被災した家でその傷を抱えたまま過ごしていました。

大人たちが他人に話すこと、お酒の勢いで愚痴をこぼすこと、言葉で表現することで、自分のそれを癒していく一方で、子どもたちは言葉では表現できない。

避難所、救援物資、配給の食事、与えられるばかりの生活。

がくちゃんたちがつくった遊び場で、子どもも大人も最初に熱中したのが、何かを作ること、料理をすること。震災後はじめてつくった、みんなでつくったお好み焼きを、がくちゃんたちに「どうだ、すごいだろ、食え」と渡してきた子どもたち。

きっと、避難所では、傷がいえないまま、ボランティアの人たちにはお礼を言いなさい、迷惑かけないように、おとなしくするようにと言われ続けて、与えられるばかりで、抑えつけられてばかりいた1ヶ月。自分たちの手で何かをうみだせる喜びに夢中になりながら、自慢気にお好み焼きをくれた子どもたちに、がくちゃんはすごい嬉しさを感じたそうです。

いろいろいるだろうと車いっぱいにつめていった支援物資、到着後、2,3日で世話人のけーちんに「せっかく持っていった支援物資だけど、被災地の人が必要なものはこれじゃない。」と電話して、結局最終的に持って帰ってきたがくちゃん。

今必要なのは、被災地にいる人が「自分の足で前に進んでいくためのお金や支援。」大きな組織に募金するなら、送り先を自分で探して自分で個別にお金を送ってほしいという。お金も顔が見えるかたちがいい。

4月は子どもたちもギスギスした関係、津波で家が流された家族とそうでない家族、極限状態でお互いに気持ちてきに融和できない。兄弟、友人で仲が良すぎる子どもたちがいる。弟がお姉ちゃんと離れるとパニックになる。それほどギリギリのところを生きている。

5月、6月、7月、8月、時が過ぎるにつれて、少しずつ子どもたちの明るい声が戻ってくる。ある子どもの感想「地震のおかげでこんなにおもしろい遊び場ができた。でも地震がおきてよかったと思っているわけでない。不思議な感じ」、避難所でも騒がしくなって「元の悪ガキが戻ってきた、うれしい」という声。

ある日、「また明日ね。」の返事が、「死ぬなよ、今日も絶対死ぬなよ」と笑っていうことに気づいた。今日の続きが明日はないかもしれないと思っている子どもたち、遊びを通して、日常を取り戻してあげたいというがくちゃん。

8月になって、震災から何ヶ月もたってはじまった「津波ごっこ」「地震ごっこ」阪神大震災のときは割りとすぐそんなごっこ遊びがはじまり、避難所で不謹慎だと怒られた遊び。そんなごっこ遊びでさえも、何ヶ月もかからないと出てこない、自分の中で消化できないほどの大きな震災。自分たちの遊び場があったからこそ、遊びの中で表現をし、自分に落とし込んでいく。でも怖がる子どももいる。その子どもを離すこともできる。すべては前に向かって歩んでいくためのプロセス。

9月、10月、11月、12月、寒くなって、日没も早くなって、学校が終わって、30分、1時間しかいられなくなっても人が集まってくる。

4月にお姉ちゃんと離れてパニックになった弟も、外を受け入れ、他の人とも一緒にいられる気持ちになった。
子どもたちだけでなく、大人たちにも広がって、癒しの場になっていく。


いろんなお母さんたちから、子どもの遊び場がないと聞く。まちでも、田舎でも。

外で遊べるところがない、自然がない、お稽古事があってじっくり遊べない、家に帰って集まる場所がない。

それは今にはじまったことでもない。もう数十年もそうやって遊びきれない環境で子どもは育ってきている。

旭でもやっている「セカンドスクール事業」2泊3日で豊田の街中の子どもたちが農家民泊にくる。帰ると、家族や先生がびっくりするほど、かわって帰っていく子どもたち。たった3日間ですら、貴重な体験になるほどの状況。

ありがたいことに、うちの息子は、家族以外に地域のおじいちゃん、おばあちゃん、知人、友人など本当に多くの人に囲まれて育っている。自然もたくさんある、ゆっくりと育てたいと思う。でも、近所に、歩いて遊びにいけるところはないし、子どもは少ない。どちらがいいというわけでないけど、田舎にも課題はある。

遊びにいけない分、ゲームの所有数は田舎のほうが多いと方々で聞く。遊べないからと一人で遊べるように買い与える。それはそれで気持ちはよくわかる。

でも、息子には自然の中で思いっきり遊べる環境は用意したい。

がくちゃんが、遊びには、三間(三つの間)が必要という、「時間、空間、仲間」

「仲間づくり」 子どもたちだけじゃなくて、大人もお年寄りも、今、一番必要としていることじゃないかと常々思う。子どもと大人とお年寄り、それぞれの世代でお互いに学び合うことが多い。

昨年はお米トラストで、子どもがキャーキャーと騒ぎながら泥遊びしている、その横で田植えをしている。なぜか、子どもの遊ぶ声がしているだけで、疲れずに楽しく作業が進む。心地よい疲れ。

子どもだけ、大人だけ、お年寄りだけ、そんな環境が多いような気がする。子どもがいて、青年がいて、お年寄りがいて、みんなが楽しい時間と空間があれば、お互いに学びあいながら、生きていけるのではないだろうか。それは、煩わしいかもしれないけど、心地よくもあるのではないだろうか。

遊びは子どもを癒すと同時に、親も癒す、まわりにいる大人も癒すと感じました。プレーパークは遊び場のしくみだけど、子どもから大人までお互いに学び合う仲間づくりのしくみでもあると思う。

昨年の企画した「福蔵寺ご縁市」や普段の周りの様子をあわせて思い出してみて、仲間づくり、コミュニティづくりって、あぁそういうことなのかなと思う。

まだ、うまく言葉にできない。

息子のためにも、自分の学びのためにも、来月から、とよたプレーパークのプレーリーダーに参加させてもらえることになりました。

子どもたちとうまくやれるかわからないし、自分でどこまでやれるかわからない、参加できても1ヶ月に1回くらいかもしれない。

子どもたちと未来の地域のために、自分ができることを自分ができる範囲で。

旭でもやってみたいな。



とよたプレーパークの会
http://toyotapp.exblog.jp/
posted by ASAHI at 23:42| Comment(0) | 私たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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